2025年12月19日(金)に開催された「映像制作ワークフローセミナー 映画『爆弾』メイキング」のイベント内容をご紹介します。
セッション概要
実写とCG、その境界をいかにして違和感なくつなぐのか。
2025年10月31日公開の映画『爆弾』を題材に、株式会社TREE Digital Studioが手がけたVFX制作の舞台裏について語っていただいた本セミナーでは、監督が重視した「リアルさ」と「面白さ」を軸に、撮影素材を最大限に活かすための考え方や具体的な制作手法が共有されました。実写撮影を前提としたVFX設計や、爆発表現をはじめとする映像づくりの試行錯誤を通して、映画爆弾がどのように完成へと至ったのか。そのプロセスを、制作現場の視点から紐解いていきます。
【主催】株式会社Too
【協賛】オートデスク株式会社
【登壇者】株式会社 TREE Digital Studio LUDENS事業部
CG Supervisor 荻野 夏生 氏
VFX Artist 清水 亮 氏
登壇者紹介とアジェンダ

荻野:
それでは、株式会社Tree Digital Studioによる映画『爆弾』のセミナーを開始いたします。まずは登壇者の紹介から行います。私は、荻野夏生と申します。弊社にてCGスーパーバイザーを務めており、本作『爆弾』ではCGパート全体の統括を担当しました。
個人の経歴について簡単にご紹介します。2006年に映像業界へ入り、当初はある制作会社のCG部に所属していました。その後、2014年に株式会社デジタルガーデンのCG部へ入社しました。のちに事業所の統合を経てTree Digital Studioとなり、現在も引き続き同スタジオでCG制作に携わっています。
清水:
株式会社Tree Digital StudioでVFXアーティストを務めております、清水と申します。本作『爆弾』では、VFXリードアーティストとして参加しました。
私自身の経歴について簡単にご説明しますと、2019年に、Tree Digital Studio統合前の会社である株式会社デジタルガーデンへCGデザイナーとして入社しました。その後は継続してTree Digital Studioに所属し、CG制作を担当しています。

荻野:
続いて、本日のアジェンダについてご説明します。まずは映画『爆弾』とはどのような作品かという点に触れ、その後、会社紹介を行います。さらに、今回の作品制作について、具体的な内容に踏み込んでお話しします。
映画『爆弾』とは

荻野:
まず「映画『爆弾』とは何か」という点について、本作の概要をご説明します。

映画『爆弾』は、「このミステリーがすごい!2023年版」で1位を獲得したベストセラー小説を原作とする実写映画です。2025年10月31日より劇場公開が始まり、12月15日時点で興行収入は25億円を突破しており、非常に高い評価を得ています。
新作映画が毎週のように公開される中、公開から約1か月半が経過した現在も、デイリーの興行収入ランキングで上位を維持しています。今後もしばらく上映が続く見込みであり、多くの方に支持されている作品であると感じています。
まずは、本作の60秒CMをご覧いただきたいと思います。
すでにご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、これから興味を持たれる方もぜひ劇場に足を運んでいただければ幸いです。
Tree Digital Studio紹介

荻野:
ここからは株式会社Tree Digital Studioの会社紹介を行います。今回、弊社は映画『爆弾』のVFXを担当しました。本作に関わったスタジオとして、簡単に弊社の概要をご紹介します。

会社紹介にあたってのアジェンダとしては、まず私たちがどのような会社であるかについて触れ、次に具体的な事業領域と、それを支える各事業部について説明します。その後、弊社の強みである「TREE VFX」についてご紹介し、最後に具体的な制作事例をいくつか取り上げる予定です。
Tree Digital Studioとは?

荻野:
次に、株式会社Tree Digital Studioとはどのような会社なのか、その全体像についてご説明します。
株式会社Tree Digital Studioは、2021年に国内の有力なポストプロダクション4社が統合して誕生した、総合コンテンツプロダクションです。KANAMEL(旧AOI TYO Holdings)グループの一員として、映像の企画から撮影、編集、CG制作に加え、ARやVRといったインタラクティブコンテンツの開発まで、映像制作に関わるあらゆるニーズにワンストップで対応できる体制を整えています。

私たちの強みは、事業領域の広さと深さにあります。企画立案から撮影スタジオ機能、編集、MA、CG、VFX制作、さらにはARやVRなどのインタラクティブ開発まで、コンテンツ制作の全工程をカバーするプロフェッショナルが社内に集結しています。
そのため、これだけ幅広い工程を1社で完結できる体制を持っており、制作をスムーズに進められる点が大きな強みとなっています。
主な事業部

荻野:
次に、私たちの多様な専門性を支える主な事業部についてご紹介します。LUDENS事業部はハイクオリティなCG制作を担当し、REALIZE事業部はARやVRなど、最先端のインタラクティブコンテンツを手がけています。
LUDENS事業部とREALIZE事業部はいずれもCG制作を行う部門ですが、映像制作を専門とするか、インタラクティブコンテンツを専門とするかという点で役割が分かれています。
DIGITAL GARDEN事業部は、CMや映画における編集やMA(音響作業)を担い、ポストプロダクション機能の中核となっています。

さらに、CRANK事業部は撮影機材や専門スタッフの提供を行い、Media Garden事業部は国内最大級の撮影スタジオの運営を担当しています。
このように、映像制作の上流から下流までに必要な機能をすべて自社で保有し、連携させている点が、株式会社Tree Digital Studioの大きな特徴です。
事業の垣根を超える「TREE VFX」

荻野:
そして、これらの事業部の垣根を越えて活動する、私たちの中核となる取り組みが「TREE VFX」です。
ご存知のとおり、VFX制作は単にCGを制作するだけでは完結しません。撮影現場での知見、高度なCG技術、そして最終的な編集や合成まで、すべての工程が高度に連携することで、初めて高品質な映像表現が実現します。

TREE VFXとは、こうした連携を実現するための仕組みを指しています。TREE VFXは2023年に結成されたVFXに特化したスペシャリスト集団で、各事業部から選抜されたメンバーが集まり、プロジェクトの初期段階から最終工程までをワンストップで管理します。
この体制により、従来の分業型制作では実現が難しかった効率性とクオリティの両立を、高いレベルで達成しています。

具体的には、カメラトラッキングシステムを備えた自社スタジオでの撮影を起点とし、一貫したカラーマネジメントのもとでCG制作を行い、編集や合成までをシームレスにつなげています。
こうした全工程を自社内で完結できる点が、TREE VFXの最大の強みです。
体的な制作事例

荻野:
ここで、私たちがこれまでに手がけてきた具体的な制作事例をいくつかご紹介します。
今回のセミナーで取り上げている映画『爆弾』のほか、直近の作品としては、2025年8月末から公開され、大きな反響を得ている映画『8番出口』があります。また、2025年の初めに公開された映画『ファーストキス』も、非常に高い評価を受けています。
劇場映画以外にも、短編映画『ラストシーン』、フジテレビのドラマ『ブルーモーメント』をはじめ、CM、映画、ドラマ、ミュージックビデオ、さらに3DOHと呼ばれる立体広告など、幅広いジャンルの制作を担当しています。
このように、2025年は多様なジャンルにおいて評価の高い作品に携わる機会に恵まれた一年だったと感じています。
スタートアップとVFXの役割

荻野:
ここから、映画『爆弾』の制作についての話に入ります。

まず作品制作にあたっては、監督が何を望んでいるのか、そしてCG部に何が求められているのかを非常に重要な軸として考えました。その軸をぶらさないために、制作初期の段階から丁寧なコミュニケーションを重ね、考えを整理していくことを重視してスタートしています。
監督とのやり取りの中で強く感じたのは、「映画を観た人が単純に面白いと感じられる作品を作りたい」という明確な意志でした。これは言葉として直接伝えられていたことでもあり、制作全体を通しての大きな指針となっています。
また、「迫力のある映像表現を目指しつつも、そのために現実離れした表現に振り切ることは避け、あくまで現実に即したリアルな映像にしたい」という想いも感じました。
そのため、すべてをCGで作り上げるのではなく、撮影できるものは可能な限り実写で撮るという方針が根底にありました。爆発表現を中心に、あらゆる要素について、まずは実際に撮影できるかどうかを検討する姿勢で臨んでいます。
その上で、撮影だけでは再現が難しい部分や不足する要素についてのみCGで補完するという形を取り、VFXを過度に前面へ押し出すことはしていません。あくまで実写素材をベースとし、それを支える補助的な役割としてVFXが関わる体制で制作が進められました。
CG部に求められたこと

荻野:
CG部に求められていた要素の一つが「面白さ」でした。どれだけシナリオが優れていても、映像に不自然さがあると違和感の原因になります。一度でも違和感を覚えてしまうと、どれほど完成度の高い作品であっても、その瞬間に没入感が損なわれてしまいます。そのため、担当するカットにおいては、実写で撮り切ったかのような自然さを徹底して追求しました。
「迫力とリアルさ」については、まずリアルさを担保することを重視しました。実際の爆発に関する資料を収集し、爆発の専門家から意見をもらいながら、現実から大きく外れない表現を意識しています。その前提の上で、どこまで迫力を高められるかという点について検討を重ねました。
制作に入る前段階として、目指すべき爆発のイメージを明確にするため、映画やドラマ、実写映像など、さまざまな爆発シーンのリファレンスを集めました。加えて、実際の事件や事故における爆発映像も、リアルな参考資料として収集しています。
現実の事象を確認せずに制作を進めると、どうしてもファンタジー寄りの表現になってしまいます。そのため、「リアルとは何か」を明確にする目的で、資料を研究しました。
「物語に登場する火薬量でどの程度の爆発規模になるのか」という点も、非常に重要な要素でした。使用される火薬の量がどの程度で、どのような爆発になるのかを、グラム単位の違いによる見え方として整理した資料を用意しています。
火薬量を段階的に増やしながら、その都度どのような爆発になるのかを確認し、チーム内でイメージの共有を行いました。意外にも、火薬量を増やしても見た目としては極端に派手な爆発にはなりにくく、絵としては比較的地味に見えるケースが多いことが分かりました。実際の威力は大きいものの、視覚的には抑えめに見えるという点が、リアルな爆発の特徴です。
衝撃波は発生しますが、煙の量など、映像として確認できる爆発表現は控えめな印象になります。これこそが現実に起こる爆発の姿でした。
また、作中では、ペットボトルに詰められた爆薬が爆発するシーンが複数登場します。この資料はペットボトル約1本分、300gの爆薬でどの程度の爆発になるのかを示したもので、非常に貴重な参考資料となりました。
こうした検証を踏まえたうえで、リアルさを保ちつつ、過度にファンタジー寄りにならない表現をどのように成立させるかについて、チーム内で議論を重ねました。最終的な落としどころを明確にし、その指針が固まってから、ようやく本格的な制作工程へと移行しました。
具体的なVFXの話

荻野:
ここからは、具体的なVFX制作についてお話しします。先ほど爆発表現について触れましたが、本作では爆発以外にもさまざまなVFXを担当していますので、それらを順にご紹介します。
爆発

本作では爆発シーンが特に印象的ですが、体制としては、爆発カットを制作する複数名のチームに加え、チェックやクオリティ管理を行う担当者を1名配置する形で進めました。縦軸で大きく2チームを編成し、清水にはそのうちの1チームを統括してもらっています。ここからは清水より、爆発表現について詳しく説明します。
清水:
タイトルの通り、本作では爆弾が数多く爆発します。主な爆発シーンとしては、冒頭の秋葉原を皮切りに、シェアハウスでの人体爆破、阿佐ヶ谷駅での爆破、さらに環状線の駅構内外での爆破があります。
私自身は秋葉原の爆破シーンを担当したので、こちらを中心に制作のワークフローについてご説明します。

制作方針としては、先ほども触れた通り、「撮影可能なものはできる限り実写で撮る」という考えを前提としています。そのため、爆発シーンについても、まずは実写撮影を基本として各カットの撮影が行われました。
実際に爆発を伴うカットの多くは、千葉県内にあるロングウッドステーションにセットを構築して撮影しています。CG業界では比較的よく知られている撮影施設で、映画やミュージックビデオなどでも多く使用されています。その理由は、撮影可能な要素の幅広さにあります。
大型セットの建て込みに加え、降雨や火薬を用いた爆破、ドローン撮影やカースタントにも対応しており、広い空間で多様な演出を撮影することが可能です。今回の作品では、秋葉原の街並みを部分的に再現できる広さがあり、かつ爆発に伴う火薬使用が許可される点から、このロケーションが選ばれました。

こちらが、実際に組まれた秋葉原のセットです。セットとグリーンを組み合わせた構成で、奥行きは70mを超える規模となっています。建物については1階部分を中心に、画面に映る範囲をしっかり作り込んでおり、非常に大規模なセットとなりました。
このカットでは多くのエキストラを起用しており、およそ300人規模で撮影を行っています。

爆発前のシーンはきれいな状態のセットで撮影し、爆発後のシーンでは、破壊された状態のセットを用いて撮影しています。あくまでも破壊された状態のイメージなので、実際にセットを爆発させているわけではありません。そのため、爆発が関わるシーンは、基本的にきれいな状態と破壊後の状態の2日間に分けて撮影されました。
爆発前の撮影日からおよそ2〜3日をかけて、セットを破壊された状態へと変更する作業が行われています。

破壊後の美術セットには、クレーンゲームの筐体や、駅構内を想定した自動販売機など、さまざまなオブジェクトが含まれています。これらについては、撮影当日に可能な限り3Dスキャンを行い、後の工程でも使用できるようにしました。スキャンしたデータは、後に爆発によって飛散する破片としてMaya上で加工し、VFX制作に活用しています。
破片のワークフロー

清水:
ここからは、爆破表現におけるワークフローについてご説明します。
爆破演出を成立させるうえで、大きな要素となったのが”破片”と”煙”です。破片については、あらかじめ用意していた汎用的なガラス片やコンクリート片に加え、実際にセットで使用されていたオブジェクトを3Dスキャンしたモデルを組み合わせて使用しています。

準備した破片データをもとに、今回はMayaの「nParticle」をベースとして、破片の飛散アニメーションを作成しました。
最終的な合成段階では、細部までは視認されにくく、またガラス素材のオブジェクトが多いため、完成画面では透明度の影響もあり、それほど目立たないように見えます。しかし、グレーマテリアルで確認すると、非常に大量の破片が飛散していることが分かります。
これらの破片は要素ごとにレイヤー分けを行い、不要なものを調整したり、煙で一部を隠したりしながら、全体のバランスを整えたうえで合成を進めました。
煙

清水:
続いて、煙のワークフローについてご説明します。今回は「EmberGen」というソフトを使用して煙を制作しました。プレビューやレンダリングが比較的高速で、試行錯誤を重ねやすい点が大きな利点です。また、本作では現実に即した爆発表現を目指しており、シンプルなシミュレーションが求められたため、このツールを採用しました。
画面に表示しているものは一部ですが、ベースとなる煙に加え、破片に沿って発生する煙、形状のニュアンスを補うための煙など、複数の要素に分けてレンダリングしています。実際には、ここに示しているものよりもさらに多くのシミュレーションを行い、それらをコンポジットで合成しています。
荻野:
私からも補足します。撮影で可能な限り実写を使う方針を掲げていながら、煙をCGで制作している点について、疑問を持たれる方もいるかもしれません。これにはいくつか理由があります。
まず、実写撮影時には合成を想定して背景にグリーンを配置していますが、セットが非常に広大だったため、高い位置まですべてをグリーンで覆うことができませんでした。その結果、マスク処理やレイヤー分けの工程で、実写の煙が途中で切れてしまう箇所が発生しています。そうした欠けた部分を補完する目的で、CGによる煙のシミュレーションを行いました。
加えて、リアルさを重視しつつも、演出的にもう少し煙を加えたい箇所や、規模を強調したい部分がありました。秋葉原の爆発シーンは、物語の冒頭で今後連続して起こる重大な事件を象徴する、非常に重要なカットです。そのため、演出面での調整として、煙をCGで追加する判断をしています。
当初から計画していたわけではありませんが、最終的な仕上がりを確認した結果、実写の爆発に比べて迫力が増し、効果的な演出につながったと感じています。
また、CGの話題とは少し異なりますが、撮影時にはエキストラを爆心地付近の中間レイヤーに配置した状態で撮影しています。さらに、同じエキストラに衣装を変更してもらい、並びを調整することで、手前や奥のレイヤーとして別撮りを行いました。これらをすべて合成し、1つのカットとして完成させています。そのため、最終的なカットは非常に多くのレイヤーで構成されています。
この後も、清水から別の爆発カットについて説明をしてもらう予定ですが、ここが最も撮影素材に対して多くの調整を加えたカットでした。実写で撮影した素材を最大限に活かすというコンセプトは全体を通して一貫しており、他のカットでも活用できる要素は積極的に使いながら、必要に応じてVFXで迫力を補っています。
実際のセット(阿佐ヶ谷駅)

清水:
これまでは、秋葉原の爆発シーンにおけるワークフローについてご説明してきましたが、以降の爆発カットについても、基本的な考え方は共通しています。いずれのシーンも、セットでの実写撮影をベースとし、必要に応じてCG合成で補完する形で制作されています。
シーンの内容に応じてアプローチは異なります。秋葉原と同様に、煙の量を増やしたり、爆発規模を撮影素材よりも大きく見せる演出を行った例としては、阿佐ヶ谷駅の爆発やシェアハウスの爆破カットがあります。一方で、九段下のバイク爆発では降り注ぐ火の粉をCGで追加し、渋谷や地下通路の爆発では飛散する自動販売機の破片を加えるなど、爆発そのものは撮影素材を大きく加工せずに活かしたカットもあります。

こちらが、合成に使用した実際の背景素材です。
実際のセット(地下通路)

清水:
続いて、環状線上の駅で発生する爆破シーンについてご説明します。こちらが、実際に使用したセットです。このカットでは、煙の追加は行っておらず、CGによる破片の追加のみを行っています。
実際のセット(渋谷駅)

清水:
こちらのセットは、渋谷駅を想定して制作されたものです。以上で、爆破表現に関する説明は終了となります。
街頭

荻野:
タイトルにもある通り、爆発表現は本作において最も大きな作業でしたが、それ以外にも非常に重要なシーンやカットがいくつか存在します。ここからは、そうした爆発以外の重要なカットについてもご説明します。
街breakdown

まずは、秋葉原の冒頭シーンについてです。オープニングが始まって数分後、秋葉原を高い位置から俯瞰するカットがあります。ここは、観客に秋葉原という舞台を最初に印象づける重要なカットでした。しかし、このエリアではドローン撮影が許可されておらず、それでも空撮のような映像を入れたいという要望がありました。
監督からは、多くの人が行き交い、電車の上り線と下り線が交差するようなダイナミックな動きを見せたいという明確なイメージが示されていました。このカットは冒頭約2分の中に挿入されるもので、ドローン撮影が行われていないにもかかわらず、どのように撮影されたのかと観る側が疑問に思うような映像を入れたい、という意図がありました。
正直なところ、カットの尺は約2秒であり、ここにどれほどの労力をかけるべきか迷いもありました。しかし、このカットに対する監督の強い思いが伝わってきたため、その意図を尊重し、制作に取り組むことになりました。
街の作成の事前準備

荻野:
この短いカットのために、CG作業だけでなく、現地の状況を確認するためのリファレンス収集や、実際の撮影素材を得るために多くの時間と労力をかけました。
まず、街の制作に向けた事前準備として、リファレンスおよび実制作にも使用できる素材を集める目的で、現地へ何度も足を運び、撮影と視察を行いました。
空撮風カットのスタート地点として、画像左側にあるビルの11階に入っているダーツバーに許可をもらい、Alexa Miniによる動画撮影と、スチルカメラによる静止画撮影を行っています。カメラが下方向へ移動していく際の見え方を正確に把握するため、11階だけでなく、9階、8階、6階、4階、2階、1階からもそれぞれ撮影を行いました。
これらの撮影は制作部の協力を得て、各フロアの店舗に個別に許可を取りながら進めています。9階と8階の居酒屋では、エキストラを客として配置し、実際に飲食をしている最中に撮影を行いました。6階のカラオケは部屋を貸し切り、1階については短時間の撮影許可を得て対応しています。
6階と1階の間隔が空きすぎていると感じたため、4階と2階も撮影対象に加えました。4階の飲食店では直接交渉して撮影を行い、2階のドラッグストアでは、作品使用ではなく風景リファレンスとして撮影する旨を伝え、許可をいただいています。このように、CG制作以外の部分でも、かなり積極的に動いてリファレンス収集を行いました。
その後、これまでに収集したリファレンスをもとに、街の簡易モデルを作成しました。ただし、最初から細部まで作り込むことはしませんでした。計測データに基づいた正確なサイズ感を持たせつつ、ポリゴン数を抑えたローモデル、いわばボックス状の街モデルを先に構築しました。
このローモデルが完成した段階で、街の作り込みを行うチーム、群衆を配置するチーム、電車の走行や車両、信号機などを担当するチームに作業を分担しています。同時進行で制作を進めるため、この簡易モデルをベースとして各チームに共有し、どこに何を配置するかを指示するための下敷きとして活用しました。
群衆のワークフロー

荻野:
次に、群衆表現の作業も並行して進めました。本作では、群衆シミュレーションやキャラクターレイアウトを行うために「Goalem」という機能を使用しています。Goalemは、Mayaにおいて群衆の配置や制御を行うためのプラグインで、2026年からはメディアエンターテイメントコレクションの一部として提供される予定のツールです。
CG上で人物の配置をシミュレーションすることで、街中を歩く人数を増やしたり、特定のエリアだけ人の密度を変えたりといった要望にも柔軟に対応することができました。画面に表示している画像の右下に赤い丸が見えるかと思いますが、これはスタッフへ指示を出す際に、「この辺りの人数を増やす」「ここは減らす」といった意図を伝えるために書き込んだものの名残です。
このような形で指示を可視化することで、作業スタッフにも意図が伝わりやすくなり、制作をスムーズに進めることができました。

群衆の動きを調整する作業と並行して、電車や車両といったプロップの制作および配置も進めました。

こちらはプレビュー用の映像ですが、このように電車や信号機を配置しています。電車の移動速度については、監督からも強いこだわりがあり、プレビュー段階で確認と了承を得たうえで、最終的な仕上げ工程へと進みました。
ここまで多くの工程を経ていますが、完成したカットの尺としてはごく短いものです。しかし、物語が秋葉原のシーンから始まるにあたり、最初に観客の目に入る象徴的なカットとなっており、制作にかけた労力に見合う効果が得られたと感じています。
車窓

続いて、車の走行シーンについてご説明します。本作では車内からのカットがいくつかあり、その中でも車窓表現が重要なポイントとなっています。
まず、九段下でのバイク爆発シーンがあります。爆弾を捜索する警察官2人が車を運転している場面ですが、実際に街中を走行する車を並走で撮影することは現実的に不可能でした。
車走行カット 車体の映り込み合成

そのため、スタジオ内にてグリーンバックで運転の演技をしてもらい、後処理で窓の外に見える背景や車体への映り込みを合成する手法を採用しています。スタジオ内で演技を撮影し、後工程で車外の映像を作り込む形です。
グリーンバックで撮影した素材は、窓の外がすべて緑一色の状態で、車体やガラスにも街の映り込みは一切ありません。この状態から、街中を走行しているリアリティを持たせた映像へと仕上げていく必要がありました。

こちらは、実際に夜の街中で車を走らせて撮影した素材です。当時、弊社では「Insta360」というカメラを使用し、360度全方向のスフェリカル映像を収録しました。この映像をベースとして、車体への映り込みを制作しています。

この車体モデルの周囲に、先ほどの360度映像を空間上に配置すると、車体に街並みが映り込む状態を作ることができます。ただし、ここで注意すべき点がありました。
ボンネット部分を見ると、街灯の映り込みが横方向に伸び、星型のような形状になっています。これは、Insta360で撮影した際に、レンズ表面で発生したレンズフレアが原因です。人の肉眼で見た場合、こうしたレンズフレアがそのまま車体に映り込むことはないため、この状態は不自然な表現になります。
そのため、撮影した素材をそのまま使用することはできず、不要な映り込みはマスク処理によって一度すべて取り除きました。ただし、街灯の映り込みを完全に消してしまうと、夜の道路を走行している印象が失われてしまいます。
そこで、実写素材から街灯の映り込みを除去したうえで、CG上に街灯の光源モデルを配置し、CGとして新たに映り込みを作成しました。撮影時にどれだけ工夫しても、光源にレンズを向ける以上、レンズフレアの発生は避けられないため、この工程は必要不可欠でした。
最終的には、グリーンバックで撮影した車内素材、ALEXA Miniで撮影した実景素材、そしてCGで作成した映り込み素材を、それぞれレイヤーとして重ね合わせることで、車窓シーンを完成させています。
まとめ

荻野:
まとめとして、この案件を通して私が伝えたかったことについてお話しします。まず、作品の完成度については非常に満足しており、結果として多くの好評を得ることができた点からも、本作に携わることができて本当に良かったと感じています。
特に印象的だったのは、今回の制作チームの構成です。チームの中心となって作業を進めていた清水は20代で、もう一方のチームを率いていたメンバーも、当時は20代後半でした。若い世代が中心となって、1つのチームをまとめ上げる体制で制作を進めています。
また、弊社ではスーパーバイザー、デザイナー、アシスタントといった役割の段階がありますが、今回はアシスタントの比重を高めた編成としました。アシスタントは比較的若いメンバーが多いのですが、全員が高い意欲を持って取り組み、非常に良い成果を出してくれました。
正直なところ、やや挑戦的なチーム編成だったと感じています。しかし、結果としては想像以上に各自が力を発揮し、私自身が制作に深く介入してフォローする必要がほとんどありませんでした。若手や新卒で入社したスタッフが、それぞれ担当カットを仕上げ、監督の了承を得て納品まで完遂できたことは、大きな成果だったと思います。
進行自体も非常に順調で、映画業界ではありがちな進捗遅れによる深夜残業や徹夜といった状況は、ほとんど発生しませんでした。細かく見れば、進行が順調であるにもかかわらず、より良いものを作りたいという思いから自主的に作業を続けていたメンバーもいましたが、それは前向きな姿勢の表れであり、全体として無理のない制作環境が保たれていたと感じています。
若いメンバーがそれぞれの力を発揮し、良い作品を完成させ、その結果として高い評価を得ることができた点は、非常に意義のある経験でした。本作は、私にとっても本当に携わって良かったと思える作品です。以上が、私からのまとめになります。
清水:
私自身も今年はいくつかの映画案件に関わらせていただきましたが、その中でも本作は、進行面や資料共有が特にしっかりしていた現場だったと感じています。リファレンスの共有やイメージのすり合わせが丁寧に行われていたため、制作全体が非常にスムーズに進みました。
そうした環境に加え、若手スタッフの頑張りも大きな要因だったと思います。
質疑応答
Q1. 撮影開始から完成までの制作期間はどのくらいでしたか。
荻野:
撮影は2025年1月初旬から始まり、4月頃まで行われていました。CG作業については、撮影後にオフライン編集が組まれ、OKテイクが確定してから本格的にスタートしています。
テスト作業自体はそれ以前から進めていましたが、実作業としては5月初旬頃から始まり、9月頃には全体としてほぼ完了していました。最終的な作業を行っていたチームも9月頃まで稼働していましたが、完了したセクションから順次作業を終えていったため、後半にかけては稼働人数も徐々に減っていく形でした。
Q2. 本作では専門家との連携は必須だったと思いますが、どのようにコンタクトを取ったのでしょうか。
荻野:
専門家とのやり取りについては、私たちではなく制作部が対応していました。どのような経緯でつながったのかは把握していませんが、爆発に詳しい専門の方がいるということで、その方に協力していただいています。
撮影前の段階で、爆発表現に関する基本的な考え方や実際の状況について意見を伺う機会が設けられました。撮影自体は2025年1月から始まっていますが、その前段階となる打ち合わせは、2024年11月頃から進められており、その時点ですでに専門家を交えた話し合いが行われていました。
Q3. 爆破後のセットは実際に爆破したものですか。また、美術セットの制作にも関わっているのでしょうか。
荻野:
爆破後のセットについては、実際に爆破したものではありません。美術部が「爆発後であればこのような状態になる」という想定のもとで制作したセットです。美術セットそのものに対して、私たちCG側から具体的な演出面での指示やプロデュースを行うことはありませんでした。
CG合成に必要な要素については、必要に応じて要望を伝えることはあります。例えば、トラッキングのためのマーカー配置や、合成を前提としたグリーンバックの設置について相談することはありましたが、今回に関してはマーカーを多用した記憶はありません。
また、この規模の爆発表現を想定した場合、どの程度の範囲にグリーンを設置すべきかという点について質問を受けたため、CG上でシミュレーションを行い、「最低限この範囲があれば対応できる」という目安を提示しました。ただし、実際には非常に広い範囲が必要になるため、すべてをグリーンで覆うことは現実的ではありません。
その結果、実写素材では手作業によるマスク処理が必要になる部分が出てきましたが、特に煙のような要素は完全に切り抜くことが難しいため、先ほどご説明した通り、CGで煙を追加して上から補うという手法につながっています。
Q4. 実写とCGのカメラは、どのようにマッチさせているのでしょうか。
荻野:
基本的な手法としては、カメラトラッキングを行っています。撮影した映像の中から特徴点を抽出し、それぞれのポイントがフレームごとにどのように移動しているかをソフトウェアに解析させます。
その移動量の差分をもとに、「カメラが空間内のどの位置を、どのように動いていたか」を逆算で求め、3D空間上に実写と同じ動きをする仮想カメラを再構築します。このカメラをCG制作環境に読み込むことで、実写と完全に一致したカメラワークでCGを制作することが可能になります。
このカメラトラッキングが、実写とCGを違和感なく合成するための、業界全体でも最も基本的な手法です。
Q5. 映画全体におけるVFXのボリュームと、その管理方法について教えてください。
荻野:
VFXの管理については、Googleスプレッドシートでカットリストを作成して対応しました。全体のカット数が非常に多いため、リスト化しなければ把握や管理が難しく、見落としも発生しやすくなります。そのため、すべてのカットを洗い出し、VFXが必要なシーンにチェックを入れて管理しました。
各カットについては、担当者が誰か、現在どの制作フェーズにあるのかを常に更新しながら記載し、進捗管理を行っています。
使用ソフトについては、Tree Digital StudioのCG事業部であるLUDENSでは、DCCツールとしてMayaと3ds Maxの使用頻度が高く、特にMayaが中心となっています。今回の作品でも、チーム全体の連携を取りやすくするため、基本的にはMayaをメインに使用しました。
一部では3ds Maxを使用するスタッフもいましたが、全体としてはほぼMayaで制作を進めています。
Q6. 今回の制作では、AI生成技術は使用しましたか。
荻野:
正直なところ、試しに使ってみたことはあります。ただし、本作の制作時期は現在ほどAI技術が成熟していなかったため、実制作で活用できるレベルには達していませんでした。
もし今あらためて制作を始めていたら、部分的には活用できる可能性もあったかもしれませんが、今回は基本に立ち返り、従来のCG制作手法で進めています。
清水:
リファレンス用途として、爆発表現をAIで生成できないか試したことはあります。ただ、”爆発”や”破壊”といった表現はコンプライアンス上の制限がかかりやすく、生成されないケースが多くありました。そのため、リファレンス用途としてもあまり使えないという印象でした。現在の状況については分かりませんが、当時は難しかったです。
荻野:
実用を目的としたものではなく、あくまで挙動を確認するためのテストとして、駅の地下で自動販売機が爆発する、といった内容で生成を試したこともあります。ただ、結果としてはクオリティが低く、制作に使えるものではありませんでした。
Q7. コンポジターを目指すうえで、身につけておくべきことは何でしょうか。
清水:
まず、CG系のコンポジターなのか、ポストプロダクションにおけるオンライン編集寄りのコンポジターなのかによって、求められるスキルは大きく異なります。
荻野:
ポストプロダクションのコンポジターの場合、使用できるソフトウェアが重視されるケースは多いと思います。ただし、最終的に重要なのは、ソフトの種類に関係なく「きちんと絵を作れるかどうか」です。ソフトは後から習得できますが、画づくりの感覚は簡単には身につかない部分なので、日頃から鍛えておく必要があります。
清水:
また、ポストプロダクションの場合は、クライアント対応も重要な要素になります。相手がどのような映像を求めているのかを正確に汲み取れるかどうか、そして表現の引き出しをどれだけ持っているかが問われます。オンライン編集を担当している同期の話を聞いていても、その点は非常に重要だと感じています。
荻野:
オンライン系のコンポジターでは、コミュニケーション能力も欠かせません。面接などでも、意思疎通が難しそうだと判断されると、採用に影響する可能性はあると思います。なお、CGコンポジターの場合は、また少し異なる資質が求められる印象です。
Q8. リファレンスや素材共有の際、メタデータ管理で意識した点や使用したツールはありますか。
荻野:
今回の制作では、メタデータについて特別に意識する場面はあまりありませんでした。撮影素材はすでに連番データとして納品されており、カメラに関する情報も現地で記録されたものをそのまま使用しています。
そのため、メタデータ管理専用のアプリケーションを導入したり、特別な運用を行ったりすることはなく、通常の制作フローの中で対応できていました。
Q9. 秋葉原の空撮風カットは、撮影前からプリビズを行っていたのでしょうか。また、監督とはどのようなスケジュール感で進めましたか。
荻野:
このカットは、当初から決まっていたものではありません。もともとは、人の目線に近い高さからの引きのカットで固定されていましたが、撮影が進む中で、監督が「より印象的なシーンを入れたい」と考え直したことで追加されたものです。そのため、このアイデアは撮影途中の段階で持ち上がりました。
清水:
最初は、別のタイプの案もいくつか提案していましたよね。
荻野:
かなり提案しました。正直なところ、最初はそこまでやる必要があるのかという気持ちもありました。カットの尺は2秒程度ですし、街全体を作り込み、群衆や電車まで用意する必要が出てくるため、制作負荷は非常に高くなります。
10秒から20秒程度の尺があるシーンであれば、費用対効果も見込めますが、一瞬で終わるカットなので、その点は監督とも話しました。ただ結果的には、作品の導入として象徴的なカットになり、最終的には制作して良かったと感じています。
Q10. 本作は完パケまで担当されたのでしょうか。
清水:
CG制作の工程としては、コンポジットまでをTree Digital Studio内で担当しました。
荻野:
VFXという括りではCG部だけでなく、社内のコンポジット部門も含めて制作しています。CG、コンポジットともに、最終的な納品直前まで作業を行っており、ポストプロダクションとCGの両面で、最後まで担当していました。


